チョウ・ユンファファンから香港映画迷のめくるめく世界に足を踏み入れたnancixにとって、アンディ・ラウという"ごっつい男前スター"も、香港映画にハマる大いなる原動力となりました。
ちょうどユンファ兄貴がB型肝炎などの影響で仕事量をセーブし始めた頃でもあり、後は手当たり次第、アンディでもレオン・カーファイでもレスリーでも何でも持ってこーい!とばかりに作品をビデオで見まくったもんです。
90年、初めての海外旅行でクリスマスの香港に行ったとき、見た映画が「欲望の翼」と「ゴッド・ギャンブラー2」なんですから、
アンディを美化しすぎようがない。両極端のアンディの魅力を堪能しました。正直言って
「自己チュー女たらし」があまり好きになれないnancixにとって、「欲望の翼」はアンディの端正な抑え気味の魅力を楽しむ作品でした。その後に関西でも「いますぐ抱きしめたい」が劇場公開され、今は亡き扇町ミュージアムスクエアまでレイトショーを見に行き、終電に間に合うため死に物狂いで梅田を疾走したもんです…。
●コンサート、歌のこと●
当時、すでにアンディはスター街道を驀進中でした。香港に行けば必ずアンディの広告やMTVが目に入り、街角にヒット曲が流れ、カラオケ店に行けば新曲かかりまくり。新聞を開けばニコヤカでヤンチャな笑顔が載っている。主演映画も何かしら見られる。時期によっては「アンディはしご」も可能。記事内容はファンでなくても心温まる「ちょっといい話」「思わず笑えるエピソード」がオンパレード。パパラッチなんて今ほど酷くなかった。アンディはいつも、まぶしいほど光り輝く太陽神・アポロンのようでした。健康的でまっとうな日なたを歩み、3歳から80歳まで万人に愛され、敬愛される存在。生まれながらのリーダー、兄貴分。
コンサートも行きました。確か、香港コロシアムでの95年夏。前年にユーミンそっくりのアダルティ・ゴージャス(無理矢理な造語)なサリー・イップ葉倩文コンサートを看ていたので、アンディの夏休みムードたっぷりお子様向け演出にビックリ。…ゴリラの着ぐるみと嬉々として戯れ、白馬に乗って登場し、ダンサーと跳ねるわワイヤーで飛ぶわ。し、しかしこれこそが香港芸能人の王道…握手タイムには危険をものともせずステージから客席に向かい、押し寄せる観客と触れ合う姿に、これこそスーパースター!!とも思いました。特にバンドブーム&ユニット流行りで、グループ名も曲名もいいかげんな英語ばっかしという日本の音楽界に飽き飽きしていたので、アンディ自ら美しい作詞も手がける中華ポップスの方が心の琴線に触れるというものでした。
日本のコンサートには96年10月6日の大阪にだけ行きました。アンディほどの大物アジアスターならば当然、大阪城ホールよねっ!と思いきや、大阪城を向かいに眺めるIMPホール…というのが納得できなかったですけど。収容800人程度だぜぃ? なぜか最前列で、アンディの形のよい鼻の穴を覗き込める位置。さすがにハッピや揃いのTシャツは着ないけど、蛍光棒振って踊りまくり。やっぱりゴリラの着ぐるみと戯れ、ダンサーらとエレ○トリック・パレードするアンディは、客席の年齢層の高さに気づかなかったのでしょうか(^_^;) その年日本語シングル「もう一度抱きしめたい」も買ったんですけど…封を切らないまま、友人がダビングしてくれたカセットテープだけ聞いてたなぁ。コンサート…その翌年がレスリーの日本ツアー。東京、大阪と通ってその構成、そのエンタティナーぶりに弾けてしまったので、アンディの印象が薄れちゃって、誠にすまんこってした。
いやもうアンディ全アルバム収集コレクターと違い、歌についてはホントに語る資格なしって感じですが、アンディのドラマ仕立て本人出演MTVは、大いに香港芸能にハマる理由になりました。曲はムード歌謡よねえ〜と言いつつも、最近のヒップホップやアユの歌より生理的に合うんです。あの、すうっと伸ばす高音部分の切なげさがたまりません。
いまやアーロンのマネジャー小美さんが作詞した「一起走過的日子」、トニーの「一點一天愛恋」をプロデュースした台湾の周治平さんが作詞作曲した「我和我追逐的夢」は、本当に名曲。「不可不信…"縁"」「謝謝[イ尓]的愛」も結構好きです。「忘情水」は思わず勝手に日本語歌詞つけてしまいました。「♪水割りくーださーい〜忘れられるよーうーにー」とかね。どこにも発表してないけど。「永遠記得イ尓」は、チューリップの「青春の影」カバー。初めて聞いたときは、不覚にも涙出ちゃいました。味があるのよ、自分の大きな夢を追ってるアンディの声だと。
「一生一次」(93)は、トニーのMTVと一緒に芸能動音(インパクト)の精選LDに入ってたので、忘れられないMTVです。何が忘れられないって、アンディは新郎で、タキシードに着替え、独身仲間の男たちと戯れながらも、時折りふっと陰りある表情を見せるんですよ。花嫁(ヒラリー・ツイ)は女友達と嬉しげに支度中。いよいよチャペルで結婚式が始まるのに、アンディの苦悩が濃くなる…ついに神父だか牧師だかの前で愛の宣誓をする段になって、アンディは(やっぱり結婚できない!)とばかりに式場を飛び出すんですよね。このとき独身仲間の一人(マジにアンディの旧友、潘宏彬さんです)が嬉しげに拍手。キミは何を知っているのだ? 花嫁はアンディを追いかけ、2階吹き抜けから玄関の彼を呼び止める。振り向き見上げるアンディ。そこに愛のかけらもない。花嫁は悲しげに、ブーケを彼に向かって放るんですよね。アンディはそれを受け取り、車に乗って走り去る…どこへだ? そんなに結婚がイヤな理由は? 花嫁、目は小さいけど悪い子じゃないじゃん! 後でイーソン・チャン陳奕迅の彼女になるやん!
というわけで、当時は妄想いっぱいだったnancixと友人は、トニーのMTVとアンディのMTVを編集して「アンディはトニーの面影を忘れられずに、結婚を止めてトニーの元へ走り去った。泣きそうな顔で部屋に閉じこもるトニーが顔を上げると、そこに真剣な表情のタキシードアンディが…嬉しげに微笑むトニー」なんてビデオを勝手に作って遊んでたりしたのでした。いや、ジョークジョーク。ジョークだってば(^_^;)
「真永遠」(95)も思い出のMTVですね。上半身裸のアンディが、大地と大空と一体と化している。なぜか頭の後ろに太い丸太を抱えて、ゆっくりと左右に体を回している。なぜ裸、なぜ丸太? 香港人の考えることや美意識はわからーん!とぼやきながらも楽しませてもらったものです。
わかるのはとってもよくわかるんですが、この時期(97年4月末)にこの題名・歌詞は露骨でしょう、と思ったのが「中国人」。ハイハイ、お似合いお似合い、アンディさんはとてもチーパオ旗袍が。万里の長城に行って歌い上げてもいいですよね、中国人なんだから。でも「黄色い顔〜Kい眼〜昂然と顔を上げ前に進もう 私たちは世界にその名が知れ渡る中国人だ〜」うんぬんの歌詞が、何だかね。中華人民共和国には黄色い顔に黒い目の漢民族しかいないわけじゃないです。ペルシャ系で金髪碧眼の"中国人"だっているでしょうに。そんな単純な割り切り方でいいのかしら。なんて気になるところが、トニーファンのゆえんなのかも(^_^;)
このへんからトニーが歌謡界から縁遠くなり、歌番組も「造馬=ヤラセ」問題が取りざたされるようになり、パパラッチが跋扈して、何だか昔ほど夢が持てなくなってしまったのでした。以前は香港に行くたびに張學友とアンディの新譜を買っていたのに、トニーかピーターさん関連のVCD&DVDを買うだけで精一杯に。よって最近の歌にはとんと疎いです。2002年12月に香港で2枚組ライブ盤CD+VCD「PROUD
of YOU」を買ったぐらいかな…。相変わらず笑わせてくれるアンディさん、なぜに誰も、特にスポンサーサイドがCM撮影前の企画段階で「高層ビルからモノを投げ落とすのは公衆道徳上よくないから却下しようよ」と進言しなかったのか、紅白歌合戦の美川憲一を元に羽根羽根の衣装はデザインされたのか、実に興味ぶかいところで…いや口は災いの元、曲解してマジに怒る人が出そうなので、このへんにしましょう。
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