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小説版The Name

エピローグ


 20年前。
 韓国の街にはびこるマフィア幹部の家に、一人の娘が生まれた。難産だった。産後すぐ、母親は息を引き取った。
 幹部にはすでに3歳上の娘がいた。愛妻を喪った悲しみのあまり、幹部は母親の命を奪った乳飲み子を姉にも会わせずに、そっと部下の夫婦の養女に出した。
 幹部は何も知らなかった。激しい抗争の中でその部下が命を落とした後、その妻が再婚し、自分の娘が養父からの虐待に耐えかねて8歳で家出したことを。
  姉ももちろん、妹の存在自体を知らなかった。
 姉は美しく成長し、父の決めた婚約者との結婚を控えていた。夫婦ともども、組織を支えていかなければならなかった。そんなとき、地下カジノで出会ったのが済洲島から流れて来たという、凄腕の若いギャンブラーだった。中国系のいかさま師を、正々堂々と負かして名をあげた。
 女はギャンブルの手ほどきを男に命じた。男は承諾した。
 彼女からの最初のプレゼントは、龍の見事な浮き彫りの入った金のライターだった。

 3年前。
 幹部が何者かの銃撃を受けて即死し、全てが変わった。
 婚約者は無慈悲な素顔を見せるようになった。女を出世のための道具としか考えていないことを、露骨に示すようになった。
 婚約者からボディガードとして付けられた新米の若者を連れ、女はギャンブルにのめりこんだ。彼女の提供する資金で、男が張り、勝ちまくった。若者は男に心酔し、弟子入りを懇望した。
 黄金の三角だと、3人ともが信じた。夜な夜な、勝利の美酒に酔った。
 絆のしるしとして、男と若者は左耳の横に刺青を入れた。女への忠誠の証でもあった。女は二人の刺青に接吻し、声を上げて笑った。
 若者は女を女神のように崇拝していた。男をヒーローのようにあがめ、慕った。
 だから二人の情事を盗み見たときも、胸の痛みに耐えて沈黙を守った。
 父親の喪が明けたというのに、結婚の話は少しも進展を見せなかった。婚約者は後ろ盾を失った女に告げた。おまえと結婚はしない、俺は政治家の娘を妻にして、さらに上を目指す。おまえは俺の情婦になれと。そして地下カジノに出入りするのを禁じた。
 女が拒むと、男は強引に彼女を抱いた。暴れると薬物を注射した。
 女は人形のように、弄ばれた。
 自宅に軟禁された女を、若者は必死で救おうとした。
 ギャンブラーは若者から全てを聞いた。一人で密かに計画を練り、女の自宅に忍び入った。不意を突かれた婚約者を叩きのめした。
 「連れて逃げるぞ、いいな?」
 朦朧とした女の意識に、男の力強い言葉がはっきりと響いた。女は夢心地でうなずいた。
 恋する女は残酷だ。若者のことは、一切念頭に浮かばなかった。

 二人の逃亡の知らせを、若者は信じられない思いで聞いた。
 逃げるなら、3人で逃げるべきだったのに。
 一言も自分に残さず、行ってしまうなんて裏切りじゃないか。
 黄金の三角は、自分の思い込みに過ぎなかったのか。

 女の婚約者は男に殴り倒されたときに脳出血を起こし、半身不随を宣告された3日後に、銃で自決することになる。
 若者は、その運命を未だ知らなかった。だが彼にもわかっていた。男が捕まったら、ただではすまないだろう。女の運命も、さらに惨いものになるだろう。
 それでも。

 夜の街を、若者は駆けた。必ず自分が二人を見つけ出す、そう誓って。
 長い夜が、明けようとしていた−−。

 


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