The lunatics

Lunaは月のこと、Lunaticは何故か「狂気」や「狂的」を意味する。癲イ老はすなわち頭のおかしな男の意味。頭のおかしな男の伝記…そのまんまや。

1986年作品
プロデュース:
ジョン・シャム岑建勲 
監督&脚本:イー・トンシン爾冬陞
キャスト:ディニー・イップ葉徳嫻(ティナ・ラウ)、スタンレー・ファン馮淬帆(徐)、トニー・レオン(狗仔)、チョウ・ユンファ周潤發(阿松)、ポール・チュン秦沛(阿全)、シーズン・マー馬斯晨(リサ)ほか

 社会問題コラムニストのティナ・ラウは、市場で騒ぎが持ち上がっているのに気づき、車を止めた。知的障害のある青年・狗仔が、包丁を持って走り回っていたのだ。逃げ遅れた主婦はパニック状態。いまにも刺されそうだ。
 銃を構えてなだれ込もうとする警官の前に現れたのはソーシャルワーカーの徐。彼は狗仔をうまくなだめ、警察に引き渡した。ティナは徐が所属するボランティア団体に働きかけ、記事にする約束で徐と行動を共にする。精神病患者やホームレスの悲惨な生活と周囲の無理解を目の当たりにするティナだった。
 患者の阿松の住処で、彼の息子の姿が見えないことに徐は気付いた。林の中で、阿松は土の中から息絶えた息子の遺骸を引っ張り出して抱きしめた。
 精神病院を退院して1年になる阿全は幼稚園に行って息子を連れ出そうとし、別れた妻に面罵された。怒った彼は鶏を生のままほおばるなど、少しずつ狂気を募らせる。おろおろする老母だが、世間に知られることを恐れてどうしようもない。
 ティナは一部始終をコラムに書き、阿全の団地の住人は騒然となった。大勢が家に詰め掛けたため、怯えた阿全は包丁を振り回した。彼は幼稚園に飛び込み、保母のリサや警官まで斬殺してしまった。警官の拳銃を取り、発砲する徐。  無力感に捕らわれた彼に、狗仔の家族から連絡が入った。狗仔が自殺すると言って家を飛び出したという。再び市場に向かった徐とティナ。おびえる狗仔は「ママが僕に死ねって言った」と涙をこぼした。彼をなだめたそのとき、記者のカメラのフラッシュが光った。恐慌状態に陥った狗仔は、包丁で徐を一撃して逃げた。ティナの目の前で、徐の血が流れ出して行った…。
 徐の葬式がしめやかに執り行われた後、保護の必要な精神障害者を追って、街を駆けるティナの姿があった。徐の遺志を、彼女が引き継いだのだ…。

 nancixはこの作品で爾冬陞が嫌いになった。何を訴えたくてあの男はこんな作品を作ったのか。精神病患者が社会からいかに迫害されているかを、電影の形で世に広く訴えたいと使命感に燃えていたなら、テメエの導演的力量と頭脳ではしょせん無理だったと申し上げたい。

 たとえ志は高くても、出来上がったのがこれじゃあ「精神病患者は自分でも止められないほど暴力的で、追いつめられるとすぐ凶器をふるって人を殺傷するから、隔離しておくべきだ」と呼びかけている見世物だとしか思えない。公開当時、精神病患者の家族の団体から抗議されたというが当然である。テーマが社会派、手法がホラー映画では困るのよ。ホームレス老女なんて完璧、妖怪扱いじゃないか!

 偉仔なんて”キ○ガイに刃物”を地で行かされている。ママを慕って市場をうろうろする知的障害青年には、刃物でなく成龍指人形を与えて楽しく遊んでやるべきだった。トニーはすっかり知的障害者に成り切っててすごい。テレビ局周辺を徘徊する少年を観察して役作りに取り入れたそうだ。怯えた表情のなかにあどけなさを垣間見せるのがたまらん。あの泣き顔といったら! 命を賭けて保護したい。

 周潤發も悲しい精神分裂症患者(?)を演じて鬼気迫る。愛するスターの全てが知りたいという物好きだったら見るべし。清く正しく格好いいイメージを大切にしたい人は、見ないほうがタメになる。nancixはダメになっているモノ好きなので平気だけど。

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