トニーの初恋は10歳のとき。クラスメイトの女の子が好きに
なった。学校でいちばん可愛いと「僕が決めた」女の子。トニーは放課後になると自転車に乗って彼女の家のあたりまでギコギコ漕いで行き、彼女の姿を追い求めた。だが彼女が出て来ると、トニーは一目見るだけで幸せな気分でいっぱいになって、さっさと家路についた。
とうとう恋心を言い出せないまま、彼女は転校して行った。20年後、トニーは同級生に聞かされる。「何だ、知らなかったの? あの子もおまえのことを好きだったのに」。いまさら知っても仕方のない、淡く温かい思い…。彼女はもう結婚して子供もいるそうだ。だがトニーは当時の思い出をそのままにしておきたくて、会うことは考えないそうだ。
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そのころ、アンディ・ラウ劉徳華は…
親から授かった名前は「福栄」。その名の通り、小学生のころは福々しい、肥満児気味の腕白少年。学校が終わると鑚石山ダイヤモンド・ヘッドのスラムで両親が開いたバラック建て食堂に行き、山のような食器をひたすら洗っていた。
トニーは当時、オリンピックで活躍していたルーマニアの体操選手ナディア・コマネチにも憧れた。トニーはコマネチのポスターをベッドサイドに飾り、ファンレターを書いて彼女のサイン入りプロマイドを手に入れたという。
「彼女はどの角度から見ても完全な美少女だったよ」。トニーは言う。「もしも当時、彼女が僕の目の前に現れたら、2人の距離が0.1メートルあろうとなかろうと、僕は彼女を愛してるって認めたよ!」…さいですか。
「実際は彼女は完全な美女というわけじゃなかった。でも彼女はいつも演技に集中し、全力で打ち込んでいたんだ」。トニーはそういう女性を好む。「彼女たちが全身全霊を傾けているとき、それが彼女らの最も美しい時なんだよ」。
幸い、トニーは成績がよく、無事小学校を卒業できた。中学は祖父の家に近い尖沙咀の「地利亞修女紀念学校」に進学した。UFOのクラウディー・チョン鍾珍小姐も通った私立の英文中学で、元は女学校だったせいか、女生徒が男子生徒より多かったという。トニーは思春期から、女性に囲まれる暮らしに慣れていたというわけだ。
トニーの”初体験”は、何とこの中学時代。14歳で初めて勇気を奮って告白した相手だった。香港では未成年者との不純異性交際はもちろん"淫行"。 「相手は年上(ただし同じ中学生…中高一貫教育だから日本でいう高校生)の女の子だから、犯罪じゃないよ」と涼しい顔で言うトニー。早熟というか、可愛い顔してやるときゃやる!トニーである。
当時のトニーが深い影響を受けたのは、母の弟、つまり叔父だった。トニーの母には兄弟が多く、一番下の弟は、トニーより5〜6歳年上だった。トニーは成人してからこう述懐する。「彼は僕の兄のような人で、また父親代わりでもあった。休みの時や宿題がない時は、ほとんど一緒にいた。今までの僕の人生観などに、彼の影響を大きく受けた。彼も他界してしまった。現在でも懐かしく、尊敬している」と。