ホ・ジノ許秦豪監督最新作「四月の雪(外出)」の完成披露試写会に行ってきました。
ブッキーの「春の雪」じゃないですよ。韓国映画の「四月の雪」です。
すでに映画館には「春の雪」のポスターも張ってあったけど。

最近はすっかり成瀬巳喜男ワールドにハマってしまい「よくってよ、知らないわ」「まあお母様ったら、いやァねえ」「わたくしの前から消えて。どうか二度と現れないでちょうだい!」と、脳内で美女の美しい日本語がこだましております。
ですから"メロドラマ上等、市井の人々の繊細な情感おおいに結構"。ヴィスコンティ好きのヨドガワナガハル氏が「まあ、あんな貧乏たらしい映画なんて」と眉をしかめても全然平気な気分です。
いや、ホ・ジノ監督作品は貧乏たらしくなんかない。寡黙だけど豊穣、日本人にも充分に伝わる心象風景とよーく練られた脚本が酔わせてくれる、大人向けの佳作小品です。
できればシネカノンやシネリーブル、単館系ミニシアターで、しっとりと、味わいたい作品なのになあ。見終わったら女の友人と、赤ワインとチーズでしみじみと余韻を味わいたいのに、なんで独りでビールに餃子なんだ、トホホ。
完成披露試写会なのに、なぜか客席には、いつものスーツ組のおっちゃんらや年中クールビズのマスコミ系が少なく、50or60歳代の女性の皆様が多い。案内状が業界人の奥様連に回ったのか。皆さん華やいで、にぎやかなことでございます。
上映前解説に登場したのは、我らが大阪が誇るCINEMAコミュニケーターの森川みどりさん。さすがにソツなく、ユーモアもあり、安心して聞けます。
韓国では日本よりも早い9月9日公開予定なこと(実は公開が7日に早まったそうですが)、不倫をテーマにしているという理由でR-18指定を食らっていること。アジア9カ国・地域で公開が決まっていること、日本では前売りが18万枚はけているので、ヒット間違いないということ。
主人公役は当初、職業が定まっていなかったが、キャスティングが決定してから、監督がペ・ヨンジュンの光に対する感覚の鋭さを見抜いてコンサートの照明技師にしようと考え出したこと、そういえば監督の「八月のクリスマス」では写真館の主人、「春の日はすぎゆく」では録音技師が登場し、その鋭い感覚が劇中で見事に生かされていましたっけということ。
また、監督は現場での直感であれこれ決めていくタイプ(王家衛に似てる?)だが、ペ・ヨンジュンは事前に脚本をじっくり読み込んで周到な準備をしたがるタイプ。当初はペースが合わず、ペ・ヨンジュンは3kg痩せてタバコの量が増えたということ…。
脚本は元から台詞が少ないのですが、特に主演の2人が酒を飲むシーンでは、脚本には台詞が一切無し。監督の指示だけで、ごく自然に言葉が交わされたそうです。成瀬巳喜男監督が、バシバシと脚本に赤線を引いて削ってしまう、「浮雲」でも危うく屋袖島ロケを全カットするところだった…という逸話を連想させてしまいました。
これはプレスシートにも書かれていないことですが、ペ・ヨンジュンの眼鏡は監督が選んだポール・スミスのものだそうです。レイバンでなくていーのかしらん(^_^;)
これらのことを森川さんの解説で知ることができ、とってもオトク気分。
ところで、プレスシートや公式サイトであらかじめ頭に入れていたあらすじは、ハリソン・フォード主演・シドニー・ポラック監督「ランダム・ハーツ」(99)+「花様年華」(00)か?というものでした。
「ランダム・ハーツ」では、飛行機墜落事故で出張旅行中の妻が死亡。しかし出張というのはウソで、実は隣席で死んでいた男と夫婦と偽っての不倫の旅だったと分かり、夫はとりつかれたように妻の足取りを追います。「二人の関係はいつからだったのか」…真相を探るうち、妻の不倫相手の未亡人と出会い、いつしか恋に落ちるのですが、フォードはInternal-affairs investigation=ワシントンD.C.警察の内務調査室の巡査部長、未亡人は下院議員。互いに寡夫・寡婦とはいえ、シドニー・ポラックだけあって、政治だの選挙だのが絡んで一筋縄ではいかない。
「花様年華」では60年代のモラルと世間体が、隣人同士・間借り人同士の2人をがんじがらめにする。日本に駆け落ち?した伴侶を携帯電話で呼びだして「どういうつもりだ、え?」となじることも不可能。せいぜいが手紙のやりとり、ラジオでの曲のリクエストしか連絡手段がない。
そういえば「四月の雪」、当然BGMはピアノソロやバイオリンの調べなのですが、ある曲のイントロのバイオリンパートが、「花様年華」BGMにかなり似ていました。
「八月のクリスマス」以来ずっと、ホ・ジノ監督と組んでいる音楽監督の作品なんですがねえ。
「四月の雪」は、現代劇です。製作会社のロゴが出終わった後、スクリーンは闇に覆われます。その闇を切り裂くかのように鳴り響く、電話の呼び出し音。
この演出、ラストまで必ず覚えておいてください。いいですね?
登場したのは眼鏡をかけた、おなじみヨン様カットの照明技師。すでに暗ーーーい、悲痛な顔つきでうなだれてます。
もしもし、そこはコンサート会場ですよ? 本番中ですよ?
電話を受けたのは、彼なんですか?
その説明もなく、技師は部下に「仕上げを頼む」と言い置いて出ていきます。
あなたが今夜の照明監督でしょうにーーー。
車は、雪の夜道をひた走ります。
電話の内容は、照明技師の名前は、まだ観客に明かされません。
唐突に、涙ぐみながら寒さをこらえて座っている若い女性の横顔が映し出されます。
そこは、病院の手術室前。
照明技師は、女性の座っているベンチにいったん座りますが、また立ち上がって携帯電話をチェック。女性は視野にも入ってないようで。
ようやく、技師は病室に入ることができます。開放型の集中治療室なのか?
顔を打撲で痛々しく腫れ上がらせ、昏睡状態の女性。
所在なくて、ただただその手を握る、照明技師。
集中治療階の看護婦詰所前で、夜明かしした技師。部下に電話で経過報告し、次のシーンは警察署内のようです。先にあの若い女性ソヨンが来て、事故処理担当の警官と話しています。
技師の妻スジンと、ソヨンの夫ギョンホは事故車の外で発見された、と警官は説明します。
大破した乗用車、田畑に横転したトラックの現場写真。警官に「スジンさんは酒を飲んでいました」と聞かされて思わず「妻は酒が飲めません」と反論する技師。「しかし酒気が検出されたのです」と警官に言われ、さらにショックを受けます。
事故現場から回収された遺留品を、技師とソヨンは取り分けなければなりません。
コスメ各種、何らかのチケット(ホテル宿泊予約券かなあ?)2枚、小型デジカメ……そして、2人とも手が出せない、コンドームの小袋。
嗚呼、不倫は決定的。
技師がさっとコンドームの小袋を取って、席を立ちます。
デジカメをそっと手に取るソヨン。
2人は事故車の中も確かめます。
転がったハイヒールの片方。
フロントミラーに引っかかった、ペンダントだかマスコットだか。
ソヨンは食も進まず、デジカメに入っていた動画を見て(観客には声しか聞かせません)打ちのめされ、トイレに閉じこもって目を閉じます。
集中治療室で、昏睡状態の夫を見つめる彼女の心中、いかばかりか。
一方、技師は妻の勤め先と思われる「サイデザイン事務所」に電話します。「出張中のスジンのことで」としか言えない、名乗れない彼に、事務所の女性スタッフは「彼女は休暇中ですが」と不審そうに告げます。妻に嘘をつかれていたと、またもショックを受ける技師。
病室には、妻の父、つまり技師にとっての義父がやって来ました。
変わり果てた姿の娘に、義父は声も出ません。
男2人で食事をしますが、義父には「出張中の事故」としか説明できない、技師です。
翌日、ソウルに戻り、妻の携帯電話のメールを見ようとしますが、パスワードがかかってきて見られない。カッとなって投げ捨てても、そりゃ仕方ない。
職場に戻ると、上司(舞台照明プロダクションの社長?)らしい男に「おまえが昨日職場放棄したことで、企画会社と気まずいことになったんだ」と、しばしの休養を言い渡されます。ここでようやく、照明技師の名前がインスだと解る。
やるせなーーーい。
では、と妻が入院している総合病院の横の「サムン・モーテル」に部屋を取ると、斜め向かいの部屋にあのソヨンが泊まっていた。
彼女の部屋番号は??? 思わずチェックですよ!
2046ではありませんでした。
しかし、210号室でした。ニアミス。
硬い表情のソヨンに、インスはきっぱりと「二人は"仕事でここに来た"と、話を合わせてください」と言います。
このあたりの細かなエピソードの積み重ねが、素晴らしい。
「花様年華」の二人は、レストランで差し向かい、ネクタイとハンドバッグの話をします。
「四月の雪」の二人は、喫茶店で差し向かい、伴侶の携帯電話に記録されたメールを互いに読みます。(どうやってパスワードを??)
絵文字?入りで「昨夜は頑張りすぎたかしら?」なんて内容です。ゲスです。下流です。裏切られた伴侶としては、言葉も出ません。
ソヨンに「夫のものではありません」と返されたデジカメの動画を、観客はインスと一遜にモーテルの部屋でかいま見てしまうことになります。ベッド上で、下着姿ではしゃぐ恋人同士。
インスはたまらず、トイレで吐くのです。
何も知らず、眠り続ける病床の妻。
その傍でうなだれ「…死ねばよかったのに」と呟くインス。
「八月のクリスマス」で諦念をもって自らの死を待っていたはずの青年が揺らいだのは、親友との酒席で、のことでした。飲めない酒を無理に飲み、泥酔して「俺、死ぬんだ」と冗談っぽく打ち明ける。あのハン・ソッキュの哀しい姿は、決して忘れられません。
「四月の雪」でも、ペ・ヨンジュンは飲みます。わざわざモーテルまで訪ねて来てくれた(でもロビーの自販機のコンドームについつい見入ってしまう)気のいい部下を相手に。酔って絡みます。
韓国男の絡み酒はやっかいです。部下は「帰れ、帰ってくれ」と言われて帰れるもんじゃありません。部下が視野に入らなくなった途端に号泣すんなよ、んもう。
酔ったままソヨンの部屋(間違えてる、間違えてる、彼女はその隣だ!)のドアを叩き「開けてください」と呼ぶインス。あああダメだ、「開門ーー!、ホーイムーーーーン!」とすっとんきょうな声で叫ぶ「2046」の周慕雲さんの面影がぁ。
不埒な周慕雲と違い、インスは床に転がって寝入ってしまうだけなんですが。
翌日、二度も頭を下げて「すみません」と謝る姿は、確かに可愛いのだ。
恐縮するとやたらにペコペコ頭を下げるのは、日本人だけでなく韓国人もやることなんですかね?
さらに、インスとソヨンの二人には、巻き添えを食らって亡くなった地元の男性(正面衝突したトラックの運転手?)の葬儀へ、弔問に行かねばならないという厳しい試練が待ち受けていました。
農村地帯の風景は日本とちっとも変わりませんが、被害者の兄がヨン様に跳び蹴り食らわせようとするから、いやはや、韓国人の情念は、すごい…。
弔問帰りの車で、こらえきれず車を降りて号泣するソヨン。言葉もかけず、傍にも寄らずに黙って暗くなるまで彼女を待つインス。ハリウッド映画なら安易に抱き寄せてしまうところです。
次には、車内で泣き疲れて眠る彼女をはばかり、車を降りてタバコを吸うインス。
こんな気配り万全男が、韓国に本当に存在するのか? ちょっと信じられない。
悲しみとひそやかな怒りを抱え、それぞれのやり方でまぎらわしつつ、看護の日々を送る2人。駐車場で雪玉をブロック塀にぶつけ続ける、ちょっと少年っぽい(ファンのハートを直撃?)インスの姿を見下ろすソヨン。彼女に気づいて照れ笑いするインス。
それが、二人が親しく言葉を交わすきっかけになりました。
どうやら、インスの妻とソヨンの夫は同じ大学の写真サークルにいて、結婚前から知り合いだったらしい。インスは舞台写真を撮りに来た彼女と知り合って恋愛>結婚、ソヨンは学校卒業後に親の勧めで見合い結婚。専業主婦です。
眠り続ける伴侶は、結婚前からだらだらと関係していたのか? 結婚後に偶然再会して焼けぼっくいに火がついたのか?
不倫の進行は、動機は、この映画では問題にされません。
「どちらから誘いかけたにしろ、もう始まっている」(From 「花様年華」)のですから。
「主人が目覚めてくれれば…せめて言い訳が聞きたい」と溜息をつくソヨン。
一方、インスは「奥さんが目覚めたら?」とソヨンに聞かれて「復讐します」とぽつり。
この台詞、後々の彼の決断をひも解くキーワードになります。
「不倫しましょうか? 2人を驚かせるの」と冗談めかして言うのは、女の方です。
ありえるのか? こんなに重たい状況において?
ええ、ありえるでしょう。
成瀬巳喜男監督作品「乱れ雲」では、交通事故の被害者の妻と、加害者の青年でさえ、深い悲しみと生き抜く苦労の中で、いつしか情を通じてしまえたのですから。(肉体関係は当時の日本のモラル上、すんでのところで思いとどまるのですが…)
生き死にで左右されたわけではない「花様年華」がああもややこしかったのは、ひとえに内向的なインテリ・周慕雲が仕掛けた"高等遊民的ゲーム"のせいです。互いに互いの伴侶を演じ、または"別れの予行演習"をするという入れ子構造で、回りくどく本音を吐かせ真情を引き出そうとする。まるで映画監督が俳優からよりよい演技を引き出そうとするかのように。そのために、ますます演技と真意の違いが見えなくなる。口数少なく一見穏やかそうで、実は心の奥底に虚しさと復讐の念をギラリと光らせつつ、一方では子が母の乳を求めるように人恋しさに飢えている男だったから、観客も人妻も大いに惑わされました。
しかし、ホ・ジノ監督はそこまでややこしくはしません。台詞ではなく、心のひだを丁寧に、丹念に、誰にでもわかりやすく描写することで、伴侶に裏切られた男女の心がどう障壁を越えて接近し、相手の何にどうしようもなく惹かれていくかを表現します。国際映画祭参加狙いではないので、これはこれでいいのではないかと。
日本語字幕(根本理恵さん)も、物語の格調を保つのに寄与しています。つまり、インスとソヨンは徹底して敬語遣い、ですます調を貫き通すのです。
肉体的に結ばれたら、途端に馴れ馴れしくなるのが日本の男です。そりゃあーんなこともこーんなところももう知っちゃった仲なんだから、他人行儀にすんなよという気持ちも解るんですが、寝たからって「オマエはもうオレのもん、オレの言いつけを聞け」的態度の勘違い野郎には時々頭にきます。そこへいくと、インスは事故直前に妻が不倫旅行を楽しんだらしい竹西楼(ジュクソル)のリゾートホテルに行き、ソヨンと結ばれた後も、礼節をわきまえ、他人行儀を崩しません…あれ? まあそりゃ他人なんですが。
そのくせ、妻の父にいきなりモーテルに訪ねて来られて、慌ててバスルームにソヨンを隠し、カギを忘れた造りして駆け戻ると、贖罪の思いをありったけこめて抱きしめる。浮気とかちょっかい出すなんて軽い気持ちではないのです。
じゃあ、どうするか。
そうこうしているうちに、昏睡から醒め、意識を取り戻すインスの妻。意識が戻らないまま、身体機能が低下していくソヨンの夫。
集中看護階から一般病室に別れわかれになり、せっせと看病する互いの姿を窓の外からかいま見て、淋しさを噛みしめるインスとソヨン。
この"覗き見"も、効果的に使われています。覗かれる側は、別に日本語を練習しているわけでも、ベッドをギシギシ言わせているわけでもないですよ。
彼らが竹西楼のリゾートホテルで再び体を重ね、帰りが遅れたその日、ついに明暗が分かれていく。
二人の選択は…決断は…?
それは、見てのお楽しみってことにしましょう。
切ないぞ。
ブッキーの「春の雪」じゃないですよ。韓国映画の「四月の雪」です。
すでに映画館には「春の雪」のポスターも張ってあったけど。

最近はすっかり成瀬巳喜男ワールドにハマってしまい「よくってよ、知らないわ」「まあお母様ったら、いやァねえ」「わたくしの前から消えて。どうか二度と現れないでちょうだい!」と、脳内で美女の美しい日本語がこだましております。
ですから"メロドラマ上等、市井の人々の繊細な情感おおいに結構"。ヴィスコンティ好きのヨドガワナガハル氏が「まあ、あんな貧乏たらしい映画なんて」と眉をしかめても全然平気な気分です。
いや、ホ・ジノ監督作品は貧乏たらしくなんかない。寡黙だけど豊穣、日本人にも充分に伝わる心象風景とよーく練られた脚本が酔わせてくれる、大人向けの佳作小品です。
できればシネカノンやシネリーブル、単館系ミニシアターで、しっとりと、味わいたい作品なのになあ。見終わったら女の友人と、赤ワインとチーズでしみじみと余韻を味わいたいのに、なんで独りでビールに餃子なんだ、トホホ。
完成披露試写会なのに、なぜか客席には、いつものスーツ組のおっちゃんらや年中クールビズのマスコミ系が少なく、50or60歳代の女性の皆様が多い。案内状が業界人の奥様連に回ったのか。皆さん華やいで、にぎやかなことでございます。
上映前解説に登場したのは、我らが大阪が誇るCINEMAコミュニケーターの森川みどりさん。さすがにソツなく、ユーモアもあり、安心して聞けます。
韓国では日本よりも早い9月9日公開予定なこと(実は公開が7日に早まったそうですが)、不倫をテーマにしているという理由でR-18指定を食らっていること。アジア9カ国・地域で公開が決まっていること、日本では前売りが18万枚はけているので、ヒット間違いないということ。
主人公役は当初、職業が定まっていなかったが、キャスティングが決定してから、監督がペ・ヨンジュンの光に対する感覚の鋭さを見抜いてコンサートの照明技師にしようと考え出したこと、そういえば監督の「八月のクリスマス」では写真館の主人、「春の日はすぎゆく」では録音技師が登場し、その鋭い感覚が劇中で見事に生かされていましたっけということ。
また、監督は現場での直感であれこれ決めていくタイプ(王家衛に似てる?)だが、ペ・ヨンジュンは事前に脚本をじっくり読み込んで周到な準備をしたがるタイプ。当初はペースが合わず、ペ・ヨンジュンは3kg痩せてタバコの量が増えたということ…。
脚本は元から台詞が少ないのですが、特に主演の2人が酒を飲むシーンでは、脚本には台詞が一切無し。監督の指示だけで、ごく自然に言葉が交わされたそうです。成瀬巳喜男監督が、バシバシと脚本に赤線を引いて削ってしまう、「浮雲」でも危うく屋袖島ロケを全カットするところだった…という逸話を連想させてしまいました。
これはプレスシートにも書かれていないことですが、ペ・ヨンジュンの眼鏡は監督が選んだポール・スミスのものだそうです。レイバンでなくていーのかしらん(^_^;)
これらのことを森川さんの解説で知ることができ、とってもオトク気分。
ところで、プレスシートや公式サイトであらかじめ頭に入れていたあらすじは、ハリソン・フォード主演・シドニー・ポラック監督「ランダム・ハーツ」(99)+「花様年華」(00)か?というものでした。「ランダム・ハーツ」では、飛行機墜落事故で出張旅行中の妻が死亡。しかし出張というのはウソで、実は隣席で死んでいた男と夫婦と偽っての不倫の旅だったと分かり、夫はとりつかれたように妻の足取りを追います。「二人の関係はいつからだったのか」…真相を探るうち、妻の不倫相手の未亡人と出会い、いつしか恋に落ちるのですが、フォードはInternal-affairs investigation=ワシントンD.C.警察の内務調査室の巡査部長、未亡人は下院議員。互いに寡夫・寡婦とはいえ、シドニー・ポラックだけあって、政治だの選挙だのが絡んで一筋縄ではいかない。
「花様年華」では60年代のモラルと世間体が、隣人同士・間借り人同士の2人をがんじがらめにする。日本に駆け落ち?した伴侶を携帯電話で呼びだして「どういうつもりだ、え?」となじることも不可能。せいぜいが手紙のやりとり、ラジオでの曲のリクエストしか連絡手段がない。そういえば「四月の雪」、当然BGMはピアノソロやバイオリンの調べなのですが、ある曲のイントロのバイオリンパートが、「花様年華」BGMにかなり似ていました。
「八月のクリスマス」以来ずっと、ホ・ジノ監督と組んでいる音楽監督の作品なんですがねえ。
「四月の雪」は、現代劇です。製作会社のロゴが出終わった後、スクリーンは闇に覆われます。その闇を切り裂くかのように鳴り響く、電話の呼び出し音。
この演出、ラストまで必ず覚えておいてください。いいですね?
登場したのは眼鏡をかけた、おなじみヨン様カットの照明技師。すでに暗ーーーい、悲痛な顔つきでうなだれてます。
もしもし、そこはコンサート会場ですよ? 本番中ですよ?
電話を受けたのは、彼なんですか?
その説明もなく、技師は部下に「仕上げを頼む」と言い置いて出ていきます。
あなたが今夜の照明監督でしょうにーーー。
車は、雪の夜道をひた走ります。
電話の内容は、照明技師の名前は、まだ観客に明かされません。
唐突に、涙ぐみながら寒さをこらえて座っている若い女性の横顔が映し出されます。
そこは、病院の手術室前。
照明技師は、女性の座っているベンチにいったん座りますが、また立ち上がって携帯電話をチェック。女性は視野にも入ってないようで。
ようやく、技師は病室に入ることができます。開放型の集中治療室なのか?
顔を打撲で痛々しく腫れ上がらせ、昏睡状態の女性。
所在なくて、ただただその手を握る、照明技師。
集中治療階の看護婦詰所前で、夜明かしした技師。部下に電話で経過報告し、次のシーンは警察署内のようです。先にあの若い女性ソヨンが来て、事故処理担当の警官と話しています。
技師の妻スジンと、ソヨンの夫ギョンホは事故車の外で発見された、と警官は説明します。
大破した乗用車、田畑に横転したトラックの現場写真。警官に「スジンさんは酒を飲んでいました」と聞かされて思わず「妻は酒が飲めません」と反論する技師。「しかし酒気が検出されたのです」と警官に言われ、さらにショックを受けます。
事故現場から回収された遺留品を、技師とソヨンは取り分けなければなりません。
コスメ各種、何らかのチケット(ホテル宿泊予約券かなあ?)2枚、小型デジカメ……そして、2人とも手が出せない、コンドームの小袋。
嗚呼、不倫は決定的。
技師がさっとコンドームの小袋を取って、席を立ちます。
デジカメをそっと手に取るソヨン。
2人は事故車の中も確かめます。
転がったハイヒールの片方。
フロントミラーに引っかかった、ペンダントだかマスコットだか。
ソヨンは食も進まず、デジカメに入っていた動画を見て(観客には声しか聞かせません)打ちのめされ、トイレに閉じこもって目を閉じます。
集中治療室で、昏睡状態の夫を見つめる彼女の心中、いかばかりか。
一方、技師は妻の勤め先と思われる「サイデザイン事務所」に電話します。「出張中のスジンのことで」としか言えない、名乗れない彼に、事務所の女性スタッフは「彼女は休暇中ですが」と不審そうに告げます。妻に嘘をつかれていたと、またもショックを受ける技師。
病室には、妻の父、つまり技師にとっての義父がやって来ました。
変わり果てた姿の娘に、義父は声も出ません。
男2人で食事をしますが、義父には「出張中の事故」としか説明できない、技師です。
翌日、ソウルに戻り、妻の携帯電話のメールを見ようとしますが、パスワードがかかってきて見られない。カッとなって投げ捨てても、そりゃ仕方ない。
職場に戻ると、上司(舞台照明プロダクションの社長?)らしい男に「おまえが昨日職場放棄したことで、企画会社と気まずいことになったんだ」と、しばしの休養を言い渡されます。ここでようやく、照明技師の名前がインスだと解る。
やるせなーーーい。
では、と妻が入院している総合病院の横の「サムン・モーテル」に部屋を取ると、斜め向かいの部屋にあのソヨンが泊まっていた。
彼女の部屋番号は??? 思わずチェックですよ!
2046ではありませんでした。
しかし、210号室でした。ニアミス。
硬い表情のソヨンに、インスはきっぱりと「二人は"仕事でここに来た"と、話を合わせてください」と言います。
このあたりの細かなエピソードの積み重ねが、素晴らしい。
「花様年華」の二人は、レストランで差し向かい、ネクタイとハンドバッグの話をします。
「四月の雪」の二人は、喫茶店で差し向かい、伴侶の携帯電話に記録されたメールを互いに読みます。(どうやってパスワードを??)
絵文字?入りで「昨夜は頑張りすぎたかしら?」なんて内容です。ゲスです。下流です。裏切られた伴侶としては、言葉も出ません。
ソヨンに「夫のものではありません」と返されたデジカメの動画を、観客はインスと一遜にモーテルの部屋でかいま見てしまうことになります。ベッド上で、下着姿ではしゃぐ恋人同士。
インスはたまらず、トイレで吐くのです。
何も知らず、眠り続ける病床の妻。
その傍でうなだれ「…死ねばよかったのに」と呟くインス。
「八月のクリスマス」で諦念をもって自らの死を待っていたはずの青年が揺らいだのは、親友との酒席で、のことでした。飲めない酒を無理に飲み、泥酔して「俺、死ぬんだ」と冗談っぽく打ち明ける。あのハン・ソッキュの哀しい姿は、決して忘れられません。
「四月の雪」でも、ペ・ヨンジュンは飲みます。わざわざモーテルまで訪ねて来てくれた(でもロビーの自販機のコンドームについつい見入ってしまう)気のいい部下を相手に。酔って絡みます。
韓国男の絡み酒はやっかいです。部下は「帰れ、帰ってくれ」と言われて帰れるもんじゃありません。部下が視野に入らなくなった途端に号泣すんなよ、んもう。
酔ったままソヨンの部屋(間違えてる、間違えてる、彼女はその隣だ!)のドアを叩き「開けてください」と呼ぶインス。あああダメだ、「開門ーー!、ホーイムーーーーン!」とすっとんきょうな声で叫ぶ「2046」の周慕雲さんの面影がぁ。
不埒な周慕雲と違い、インスは床に転がって寝入ってしまうだけなんですが。
翌日、二度も頭を下げて「すみません」と謝る姿は、確かに可愛いのだ。
恐縮するとやたらにペコペコ頭を下げるのは、日本人だけでなく韓国人もやることなんですかね?
さらに、インスとソヨンの二人には、巻き添えを食らって亡くなった地元の男性(正面衝突したトラックの運転手?)の葬儀へ、弔問に行かねばならないという厳しい試練が待ち受けていました。
農村地帯の風景は日本とちっとも変わりませんが、被害者の兄がヨン様に跳び蹴り食らわせようとするから、いやはや、韓国人の情念は、すごい…。
弔問帰りの車で、こらえきれず車を降りて号泣するソヨン。言葉もかけず、傍にも寄らずに黙って暗くなるまで彼女を待つインス。ハリウッド映画なら安易に抱き寄せてしまうところです。
次には、車内で泣き疲れて眠る彼女をはばかり、車を降りてタバコを吸うインス。
こんな気配り万全男が、韓国に本当に存在するのか? ちょっと信じられない。
悲しみとひそやかな怒りを抱え、それぞれのやり方でまぎらわしつつ、看護の日々を送る2人。駐車場で雪玉をブロック塀にぶつけ続ける、ちょっと少年っぽい(ファンのハートを直撃?)インスの姿を見下ろすソヨン。彼女に気づいて照れ笑いするインス。
それが、二人が親しく言葉を交わすきっかけになりました。
どうやら、インスの妻とソヨンの夫は同じ大学の写真サークルにいて、結婚前から知り合いだったらしい。インスは舞台写真を撮りに来た彼女と知り合って恋愛>結婚、ソヨンは学校卒業後に親の勧めで見合い結婚。専業主婦です。
眠り続ける伴侶は、結婚前からだらだらと関係していたのか? 結婚後に偶然再会して焼けぼっくいに火がついたのか?
不倫の進行は、動機は、この映画では問題にされません。
「どちらから誘いかけたにしろ、もう始まっている」(From 「花様年華」)のですから。
「主人が目覚めてくれれば…せめて言い訳が聞きたい」と溜息をつくソヨン。
一方、インスは「奥さんが目覚めたら?」とソヨンに聞かれて「復讐します」とぽつり。
この台詞、後々の彼の決断をひも解くキーワードになります。
「不倫しましょうか? 2人を驚かせるの」と冗談めかして言うのは、女の方です。
ありえるのか? こんなに重たい状況において?
ええ、ありえるでしょう。
成瀬巳喜男監督作品「乱れ雲」では、交通事故の被害者の妻と、加害者の青年でさえ、深い悲しみと生き抜く苦労の中で、いつしか情を通じてしまえたのですから。(肉体関係は当時の日本のモラル上、すんでのところで思いとどまるのですが…)
生き死にで左右されたわけではない「花様年華」がああもややこしかったのは、ひとえに内向的なインテリ・周慕雲が仕掛けた"高等遊民的ゲーム"のせいです。互いに互いの伴侶を演じ、または"別れの予行演習"をするという入れ子構造で、回りくどく本音を吐かせ真情を引き出そうとする。まるで映画監督が俳優からよりよい演技を引き出そうとするかのように。そのために、ますます演技と真意の違いが見えなくなる。口数少なく一見穏やかそうで、実は心の奥底に虚しさと復讐の念をギラリと光らせつつ、一方では子が母の乳を求めるように人恋しさに飢えている男だったから、観客も人妻も大いに惑わされました。
しかし、ホ・ジノ監督はそこまでややこしくはしません。台詞ではなく、心のひだを丁寧に、丹念に、誰にでもわかりやすく描写することで、伴侶に裏切られた男女の心がどう障壁を越えて接近し、相手の何にどうしようもなく惹かれていくかを表現します。国際映画祭参加狙いではないので、これはこれでいいのではないかと。
日本語字幕(根本理恵さん)も、物語の格調を保つのに寄与しています。つまり、インスとソヨンは徹底して敬語遣い、ですます調を貫き通すのです。
肉体的に結ばれたら、途端に馴れ馴れしくなるのが日本の男です。そりゃあーんなこともこーんなところももう知っちゃった仲なんだから、他人行儀にすんなよという気持ちも解るんですが、寝たからって「オマエはもうオレのもん、オレの言いつけを聞け」的態度の勘違い野郎には時々頭にきます。そこへいくと、インスは事故直前に妻が不倫旅行を楽しんだらしい竹西楼(ジュクソル)のリゾートホテルに行き、ソヨンと結ばれた後も、礼節をわきまえ、他人行儀を崩しません…あれ? まあそりゃ他人なんですが。
そのくせ、妻の父にいきなりモーテルに訪ねて来られて、慌ててバスルームにソヨンを隠し、カギを忘れた造りして駆け戻ると、贖罪の思いをありったけこめて抱きしめる。浮気とかちょっかい出すなんて軽い気持ちではないのです。
じゃあ、どうするか。
そうこうしているうちに、昏睡から醒め、意識を取り戻すインスの妻。意識が戻らないまま、身体機能が低下していくソヨンの夫。
集中看護階から一般病室に別れわかれになり、せっせと看病する互いの姿を窓の外からかいま見て、淋しさを噛みしめるインスとソヨン。
この"覗き見"も、効果的に使われています。覗かれる側は、別に日本語を練習しているわけでも、ベッドをギシギシ言わせているわけでもないですよ。
彼らが竹西楼のリゾートホテルで再び体を重ね、帰りが遅れたその日、ついに明暗が分かれていく。
二人の選択は…決断は…?
それは、見てのお楽しみってことにしましょう。
切ないぞ。

ブラザーフッド スタンダード・エディション
カル
グリーン・デスティニー
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